「給食で吐き気を催す」そんな私が給食時間を乗り切るために行っていた方法3選

会食恐怖症
しゃけづ
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こんにちは。「しゃけづ」です。

小学・中学生時代、私が最も嫌っていた時間が「給食の時間」です。

中には、給食を食べるために学校に通っていた方もいるのではないかと思いますが、私はその逆です。

私の場合、給食の時間になると食べ物が呑み込めなくなったり、吐き気を感じていました。

現在大学生になりますが、これは会食恐怖症というものであると最近分かりました。

今回の記事では、当時の給食の時間、どのように当時の私は乗り切っていたのか。書かせていただきます。

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大嫌いな給食の時間をどう乗り越えるか

「給食をどう乗り越えるか」これは、小学生・中学生であった当時、最も重要な問題でした。

給食の献立を前日の夜・当日の朝から確認し、これは残さず食べれそうか、量はどのくらいか。毎日そんなことばかり考えていました。

そして、食べるのに時間が掛かりそうなもの(巾着もち・量の多いソフト麺)また、未知の食べ物(ごぼうのポタージュ)を見ると

しゃけづ
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あぁ・・・今日給食食べれるかな・・・

と不安になったものです。

当時の私にとって給食はその日を嫌にする元凶そのものでした。そんな私は普段どのように給食を乗り切っていたのでしょうか?

ご飯を牛乳で流し込む

給食を食べ終わるためには、食事が喉を通らないつらさ・迫る時間・吐き気・残せないというプレッシャー・教師の目・クラスの友人の目・残飯ゼロ目標と戦わなくてはいけません。

そして、ほとんどの給食には「地産地消」という大義名分のもと、「白飯」があることでしょう。この白米をなるべく早く食べることが、給食を完食するまでの足掛かりとなります。

どのように早く白飯を消費するか?

それは、「牛乳で流し込む」です。

クラス一斉の「いただきます」という掛け声と同時に一心不乱にご飯をかき込み、牛乳で流し込みます。

これであなたは、もっちりとしたご飯に時間を取られずに、サラサラと白飯を完食することができるでしょう。

私はこの方法を小学校中学年で編み出し、給食の終わる中学校3年生まで続けてきました。

美味しいとは感じませんが、当時は完食することを目標としていたので仕方ありません。

クラスの小杉みたいなやつにおかずを献上する

クラスに一人はいるであろう。給食大好き小杉みたいなやつに頼るのも一つの手です。

ガタイが良い彼らは、美味しいおかず(ハンバーグやメインの物)に関しては喜んで引き受けてくれます。

事前に「これ食べてくれない?」と言った具合で交渉を行い、承諾がもらえたら先生に見つからないようおかずを献上しましょう。

近くの席に彼がいれば一番良いですが、遠い席の場合は事前に献上しに行くもしくは給食時間終わりに献上しに行くと言った工夫が必要でしょう。

良好な関係を築くことができれば、相手から「これ、食っていい?」と聞かれるようになるでしょう。

私からすれば食料を献上すれば、嫌いな給食時間を負担少なく過ごすことが可能で、彼にとっては美味しい給食が増えるわけです。

そう、まるでアリとアブラムシの関係性のよう。

先生の目を盗んで残飯入れに捨てる

最終手段。先生の目を盗んで捨ててしまう。

ばれる可能性は大ですが、吐き気がするほどつらい思いで食べ物を食べる必要は無いと思います。

私もどうしてもダメそうなときは、先生がどこかに行ったタイミングや片付けの時間に目を盗んで捨てていました。

最近はSDGsと言うものが重要視されていますが、学校で給食を残すなという意識がさらに強まっていないかひそかに心配しています。

そもそも、SDGsにある食料廃棄の問題は消費する側の責任ももちろんありますが、作る側の責任もある訳です。

それなのに、変わらない給食量に対して、「残すな!」と消費することを増やそうとすることで残飯を減らそうとする行為は根本的な解決には至らないはずです。

残したければ、残して良いと思います。自分にとって給食量が多いと感じるのであればなおさらです。

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今思うこと、たとえ給食残して何になる。何にもならない。

給食に苦しんでいた日々からしばらくが経ちました。しかし、今でも給食のようなシチュエーションになると、食べ物が喉を通らなくなります。

そもそも、給食は残してはいけない。そんなルールいつ決まったのでしょうか?

世の中には食べ物を食べられずに苦しむ子供たちがいることも事実です。食べ物を残さず食べることももちろん大切です。

しかし、食べさせられるから苦しいこともあります。残してはいけないというプレッシャーで、益々食べれないような人も世の中には存在します。

「給食を残してはいけない」そんな決まりはどこにもありません。

それではなぜ、「給食を残してはいけないというルール」「残飯0習慣」が存在するかそれは、教師の自己満足にすぎない。学校の自己満足でしかないのです。

要するに自分たちに都合が良いからやっている訳です。

だったらこちらとしても、自分の都合の良いように給食を残すことが筋であったと後悔しています。

「残飯0」という前に必要な量を必要な人に提供することを少しは考えてほしいものです。

しゃけづ
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今回は以上になります。それでは、また。

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