※今回は愚痴なので、不快に思う方いらっしゃると思います。若造の意見なので是非大人の対応で流してやってください。
元大企業・元東証上場企業・元外資系・元一部上場企業勤務・元、元、元、元・・・・・・
正直、嫌になる。
twitterやYouTubeには、どうやら過去の栄光にしがみつきたい人たちがたくさんいらっしゃるようだ。
僕が大企業を辞めてFIREした理由。元外資系の自分がFIREを選択した理由。僕はセミリタイアするまでに上場企業に勤めていて~・・・。
何度も何度も何度もアピールし、終いには自分のツイートを定期的にリツイートまでする。
「もうやめてるんだから、そんなの一々アピールしなくてもいいだろう」
と正直なところ思う。
まあ、文字的に映えることは間違いない。数字を集めるためにはしょうがないのかもしれないが。
事実として、その地位を手放しているのだから、いい加減今の肩書を大切にすればよいのではないだろうか。
まあ、「大学生から始めるセミリタイア日記」というこのブログについても、未だ「大学生」という部分を引きずっている辺り、未練を感じる(笑)。
過去の経歴は、装飾品のようにちらつかせることができる。
たとえ過去の物だったとしても、自身が本来持っているポテンシャルを見せつけたいのだろう。
確かに過去の肩書は、ある程度の権威性や信頼を他人にもたらす可能性がある。
「元医師の私が語る○○について」なんて動画も確かにそうだ。
見た人物は「ああ、この人は医師だった人なのだから、耳を傾ける価値がある」
そう思いながらコンテンツを視聴するだろう。
しかし、この場合はどうだろう?
元大企業勤務の私でもFIRE・セミリタイアを選択した。
元外資系企業の私がセミリタイアを選択した理由。
有名企業に勤務していた私がFIRE・セミリタイアを選択した理由。
一部上場企業に勤務していた私でも労働はクソだと思う。
・・・
飾りは好きなようにちらつかせることはできるが、これで権威性が上がるのか?この肩書で信用してくれる人物がいるのか?
甚だ疑問だ。
私には、「私は今会社を辞めて無職だけれど、元は有名な会社に勤めていた程、優秀な人材だったんだ。それを分かってくれ、頼むよ。」
そう聞こえる。
本人は自覚していないかもしれないが、そんな意識が透けて見える。
要するにまだ自慢が足りていないらしい。
労働に縛られない道を選んだのだろう?いつまで過去の肩書にしがみつく?